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札幌高等裁判所 昭和51年(ネ)62号 判決 1976年10月27日

控訴人(原審本訴被告、反訴原告)

山本洋子

控訴人(原審本訴被告)

川村正雄

右両名訴訟代理人

壬生賢哉

被控訴人(原審本訴原告、反訴被告)

山本光男

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴人山本洋子が当審で新らたにした申立をすべて棄却する。

三  当審における訴訟費用のうち、控訴人山本洋子が当審で新らたにした申立によつて生じたものは、同控訴人の負担とし、その余は控訴人らの平等負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一、控訴人ら

(一)  控訴の趣旨

1 原判決の主文第三項を取消す。

2 被控訴人の控訴人らに対する金銭支払請求を棄却する。

(二)  控訴人山本洋子が当審で新らたにした申立の趣旨

1 被控訴人から控訴人山本洋子に対して、苫小牧市字植苗三四番七五山林四九五平方メートルの土地の所有権の二分の一を分与する。

2 被控訴人は、控訴人山本洋子に対し右土地の所有権の二分の一につき、移転登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

(一)  主文第一、二項と同旨。

(二)  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、被控訴人の本訴請求(慰藉料請求)について

(一)  被控訴人の請求原因

1 被控訴人と控訴人山本洋子(以下、「控訴人洋子」という)とは、昭和三四年九月二八日婚姻し、その間に昭和三四年一〇月二〇日長女花子、昭和三七年二月一六日長男太郎がそれぞれ出生した。

2 ところが、控訴人洋子は、飲食店に勤めていた昭和四五年頃からいわめる朝帰りをするなどふしだらな行状を続けて、婚姻生活を乱し、さらに昭和四八年八月頃から控訴人川村正雄と不貞行為をなし、これを知つた被控訴人が控訴人洋子に不貞行為を止めるよう注意してもこれを聞き入れず、同年一〇月末ころ肩書被控訴人方をとび出し、同年一一月下旬か同年一二月上旬頃から控訴人川村と同棲し、被控訴人との婚姻生活を破綻させ、離婚のやむなきに至らせた。

3 控訴人らの右行為は、控訴人洋子の夫たる被控訴人に対する共同不法行為であるから、控訴人らは、被控訴人の被つた精神的苦痛を慰藉する義務があるところ、右精神的苦痛は金二〇〇万円をもつて慰藉されるものである。

4 よつて、被控訴人は控訴人らに対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する本件訴状が控訴人らに送達された日の翌日である昭和四九年四月一八日から右支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する控訴人らの答弁

1 請求原因1の事実を認める。事実上の婚姻は、昭和三二年頃である。

2 同2の事実中、控訴人洋子が昭和四八年一一月末頃被控訴人方を出たことは認め、その余は否認する。控訴人洋子が被控訴人方を出て、別居したのは、被控訴人の酒乱、暴行に耐えかねたためである。即ち控訴人洋子は、被控訴人と婚姻以来家庭を守り昭和四三年頃からは木工場等に勤めに出て、その収入を家計に入れ、被控訴人に協力したが、被控訴人は昭和四四年頃から多量に飲酒するようになり、酒乱がひどくなつて、飲酒しては、控訴人洋子や子供達を殴打し、また殺してやる等と怒鳴つて刃物を持出す等の乱暴をするようになり、その酒乱がますますひどくなつたので、控訴人洋子はこれに耐えきれず、被控訴人方を出て、他に部屋を借り、別居するに至つたのである。

3 同3は争う。

二、控訴人洋子が当審でした新らたな申立(財産分与請求と移転登記手続請求)について

(一)  控訴人洋子の請求原因

1 控訴人洋子が被控訴人との婚姻生活を通じて家庭を守るとともに、昭和四三年頃から木工場等に勤めに出て、その収入を家計に入れてきたことにより、被控訴人は他から苫小牧市字植苗三四番七四山林四九五平方メートル(以下「本件土地」という)を買受け、その所有権を取得することができたものである。

なお、本件土地の買受代金が被控訴人主張のように金四五万円であつたとしても、現在の価額は、その五、六倍であり、また控訴人洋子は、被控訴人主張の家財道具を持出したが、その価額は、金七〜八〇万円には達しなかつた。

2 よつて控訴人洋子は、被控訴人から控訴人洋子に対する本件土地の所有権の二分の一の分与を求めるとともに、右財産分与に基づき、被控訴人に対し右所有権の二分の一につき移転登記手続をなすことを求める。

(二)  請求原因に対する被控訴人の答弁

請求原因1の前段の事実中、被控訴人が本件土地を他から買受け、その所有権を取得したことは認めるが、その余は否認する。

被控訴人は、昭和三八年頃、それまで勤めていた芦別の明治炭鉱が閉山となり、退職したので、その退職金から代金四五万円を支払つて本件土地を買受けたのである。また、控訴人洋子は、家を出るとき、夫婦共有財産であつたカラーテレビ、ステレオ、電気冷蔵庫、電気洗濯機など家庭電気製品及び洋服ダンス、戸棚などおも立つた家財道具を持ち出し、その時価は金七〜八〇万円くらいに達した。

よつて控訴人洋子の財産分与の請求は失当である。

第三  証拠関係<省略>

理由

一被控訴人の本訴請求(慰藉料請求)について

(一)1  <証拠>によれば、被控訴人と控訴人山本洋子は、昭和三三年頃事実上の婚姻をし、昭和三四年九月二八日婚姻の届出をなし、右両名の間には、昭和三四年一〇月二〇日長女花子、昭和三七年二月一六日長男太郎がそれぞれ出生したことを認めることができ、右認定を左右するにたる証拠はない。

2  次に<証拠>によれば、被控訴人は、婚姻後、炭鉱夫、土建工事作業員をして稼働していたが、控訴人洋子も家計を助けるため、木工場等でしばらく働いた後、昭和四三、四年頃から苫小牧市内の飲食店「いわた」に勤め、昭和四七年頃から同市内のクラブ「凱旋門」にホステスとして勤めるようになり、その頃顧客として来店していた控訴人川村正雄と知合いとなつたこと、控訴人洋子は昭和四七年一月頃から生活が不規則となり、被控訴人が昭和三八年五月に不妊手術をしていたにもかかわらず、妊娠し、昭和四七年三月二〇日に妊娠中絶手術を受け、被控訴人がその相手の男(控訴人川村以外の男)から慰藉料として金一〇万円を徴して手を切らせたこと、しかしながら控訴人洋子はその後も行状を改めず、昭和四八年八月頃からいわゆる朝帰りが多くなつて、遅くとも同年九月頃からは控訴人川村と肉体関係を重ねるようになつたこと、控訴人川村はその当時被控訴人と控訴人洋子が婚姻関係にあることを知つていたこと、右同月頃被控訴人が勤めを終えて早く帰宅したら、控訴人洋子と同川村が二人だけでいたことがあり、また控訴人洋子は、風呂に行くと偽つて家を出て、自宅附近に待たせてあつた控訴人川村の運転する自動車に同乗して出かけて行き、二、三日帰つてこなかつたことがあり、被控訴人が再三右行状を改めるよう迫つたが、控訴人洋子はこれを改めなかつたこと、かような次第で昭和四八年一〇月末頃被控訴人が控訴人洋子に「出て行け。」と口走つたことから、同控訴人は被控訴人の留守中に家を出て被控訴人の許から去つてしまい、その際おも立つた家財道具を被控訴人に無断で運び出したこと、そして控訴人洋子は昭和四八年一二月七日頃から苫小牧市木場町のアパートで控訴人川村と同棲し、右両名は、前示の長女花子、長男太郎を呼び寄せ、昭和四九年二月頃肩書住所に転居し、現在も同棲していること、被控訴人は酒好きで、毎晩のように焼酎を二、三合飲み、飲むとくどくなつて控訴人洋子に乱暴したことがあり、右暴行は昭和四七年頃から激しくなつたが、その原因は、控訴人洋子の前叙のような男性関係に因るものであつたことがそれぞれ認められる。

<証拠>中、控訴人らが肉体関係を結ぶようになつた時期は右認定の時期と異なり、昭和四九年二月末頃と供述している部分は、前段の認定に供した証拠に照らし措信することはできず、他に前段の認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  右判示の事実関係によれば、控訴人洋子は、同川村との肉体関係を重ね、遂には出奔して控訴人川村と同棲して、被控訴人との婚姻生活を破綻させ、離婚もやむなきに至らしめたものであつて、控訴人洋子の右の一連の所為は、被控訴人に対する守操義務に違反して控訴人川村と通じ、敢て同棲までして被控訴人の精神的平和を違法に攪乱したのみならず、被控訴人が控訴人洋子と平和な婚姻共同生活を営むべき利益を違法に侵害し、両者間の婚姻関係を破綻させ、破壊したものとして、不法行為にあたるものであり、また控訴人川村の右行為は、被控訴人の控訴人洋子に対する夫権殊に守操を求める権利を違法に侵害すると共に、被控訴人が控訴人洋子と平和な共同生活を営むべき利益をも違法に侵害し両者間の婚姻関係を破綻させ破壊したものとして不法行為にあたるものであつて、控訴人らは、右の不法行為を共同してした者というべく、従つて控訴人らは、これに因つて被控訴人の被つた損害としての精神的苦痛を連帯して慰藉すべき義務を負うものである。

そして右慰藉料の額は、前判示の婚姻継続の期間、その間の夫婦関係(控訴人洋子が稼働したことによる家計への寄与の点も含む)、控訴人洋子の不貞行為の態様、別居前後の経緯その他諸般の事情を考慮すると、少くとも金五〇万円を下ることはないものと認めるを相当とする。

(三)  よつて、被控訴人の本訴慰藉料請求は、控訴人らに対し連帯して右慰藉料金五〇万円及びこれに対する前判示の不法行為後である昭和四九年四月一八日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるので、これを認容すべく、右限度で右請求を認容した原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないから、民訴法第三八四条第一項によりこれを棄却しなければならない。

二控訴人洋子が当審で新らたにした申立について

(一) 先ず控訴人洋子が当審で新らたにした財産分与請求の申立が適法か否かについて判断する。

人事訴訟手続法第一五条一項は、「夫婦ノ一方カ提起スル……離婚ノ訴ニ於テハ裁判所ハ申立ニ依リ……当事者ノ一方ヲシテ他ノ一方ニ対シ財産ノ分与ヲ為サシムルコトヲ得」と規定しているが、これは、離婚を前提とする財産分与請求は、現行法の建前上は家事審判事項とされているが(家事審判法第九条一項乙類五号)、その審判の基礎となる事実関係についての証拠資料が離婚請求の訴におけるそれと密接な関係にあつて共通するところが多いので、当事者の便宜と訴訟経済の見地から、当事者間に離婚請求訴訟が係属することを前提として、その訴訟手続内でこれを申立て得ることにしたものと解することができる。

ところで控訴人洋子が、被控訴人の控訴人洋子に対する本訴請求としての離婚請求を認容すると共に前記花子と太郎との親権者を控訴人洋子と定め慰藉料請求の一部を認容し、控訴人洋子の被控訴人に対する離婚等の反訴請求を棄却した原判決中の本訴請求としての慰藉料請求の一部認容部分を不服として本件控訴を申立て、右慰藉料請求一部認容部分の取消と右慰藉料請求の棄却を求めているものであることは、本件訴訟の経過上明らかである。従つて控訴人洋子の本件控訴申立によつて、被控訴人の控訴人洋子に対する本訴請求としての離婚請求も当審に係属するに至つたものであり、本判決が確定すれば原判決中の右離婚請求を認容した部分が確定するものであることは明らかである。右のとおりであるから、人事訴訟法第一五条一項の前叙の法意に鑑み、控訴人洋子が当審において新らたになした被控訴人からの財産分与の申立はこれを許容するを相当と認める。

(二)  そこで右財産分与請求について検討するに、前判示一の(一)事実、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和二〇年頃から株式会社明治鉱業所の上芦別炭鉱の炭鉱夫として働き、昭和三四年九月二八日控訴人洋子と婚姻したが、昭和三七年閉山により右会社を退職し、昭和三八年三月頃右退職金の中から代金三四万五〇〇〇円(坪当たり金二三〇〇円)を支払つて本件土地を買受け、その所有権を取得し、その旨所有権移転登記を経由したものであること、本件土地は、現況が山林ないし雑種地であつて、昭和五〇年度固定資産評価額は金五万六七〇〇円であり、右現況のままでは、その現価は右買受代金額よりもさほどに騰貴はしていないこと、被控訴人は右退職後、土建工事作業員として稼働していたが、控訴人洋子も前判示のとおり、木工場等でしばらく稼働した後、昭和四二、三年頃から飲食店、クラブ等で稼働したこと、その間右夫婦は共稼ぎの収入で家計を維持し、家財道具を買揃えていつたが、控訴人洋子は、昭和四八年一〇月末頃被控訴人の許をとび出す際、電気冷蔵庫、電気洗濯機、テレビ、二段ベット、洋服タンス等のおも立つた家財道具類を被控訴人に無断で運び出し、その価格合計額は少く見積つても金三〇万円にのぼり、被控訴人に残された財産は、本件土地の外は、古いタンス、茶タンス、下駄箱、古いテレビ、布団二組等に過ぎなかつたこと、被控訴人は控訴人洋子が運び出した前記の家財道具類を控訴人洋子から取戻す意思はないこと、現在被控訴人は土建工事作業員として稼働し、他方控訴人洋子は無職ではあるが、ダンプカーの運転手をしている控訴人川村と同棲し、自らも稼働能力を有していることがそれぞれ認められ、当審における控訴人山本洋子の本人尋問の結果中、本件土地の現価は坪当り金四万円を下らないと供述する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右判示の事実関係及び前判示一の被控訴人と控訴人洋子の婚姻の破綻の経過ないし原因、その他本件に顕われた証拠によつて認められる諸般の事情を総合してみると、右両名の財産関係の清算という観点からしても、また控訴人洋子の将来の扶養の必要性という観点からしても、被控訴人をして控訴人洋子に財産分与をなさしめるべきものとは認め難い。

なお、控訴人洋子は被控訴人との間の未成年の子である前記花子と太郎を呼び寄せて扶養していること前認定のとおりであるが、花子と太郎が被控訴人に対しても扶養請求をなしうるものであることはいうまでもないから、右の事実は前段の判断を動かすには足りない。

(三)  よつて控訴人洋子の本件財産分与請求の申立及びそれが理由あることを前提とする移転登記手続請求はいずれも失当であつて棄却を免れない。

三よつて訴訟費用の負担につき民訴法第九五条、八九条、第九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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